本で発見してつくってみた美味しいもの♪

key ~ 『珈琲哲学序説』より

 併し自分がコーヒーを飲むのは、どうもコーヒーを飲む為にコーヒーを飲むのではないやうに思はれる。宅の台所で骨を折つてせいぜいうまく出したコーヒーを、引き散らかした居間の書卓の上で味はうのではどうも何か物足りなくて、コーヒーを飲んだ気になりかねる。矢張り人造でもマーブルか、乳色硝子の卓子の上に銀器が光つてゐて、一輪のカーネーションでも匂つて居て、さうしてビュッフェにも銀とガラスが星空のやうにきらめき、夏なら電扇が頭上に唸り、冬ならストーヴがほのかにほてつて居なければ正常のコーヒーの味は出ないものらしい。コーヒーの味はコーヒーによつて呼び出される幻想曲の味であつて、それを呼び出す為には矢張り適当な伴奏もしくは前奏が必要であるらしい。銀とクリスタルガラスとの閃光のアルペジオは確かにさういふ管絃楽の一部員の役目をつとめるものであらう。    

寺田寅彦さん *著 『珈琲哲学序説』より